私ども東京海洋大学海洋生物資源学科水族栄養学研究室では、普段は養殖用飼料の開発、特に「環境にやさしい養魚飼料の開発」をおこなっているのですが、「環境にやさしい釣りエサ」についての研究もおこなっています。
「環境にやさしい釣りエサ」でピンと来るのが、プラスチック製擬似エサ(ワーム)と、魚を寄せるために釣り場で使うエサの問題だと思います。プラスチック製擬似エサについては生分解性プラスチックを用いたものが開発され、かなりの効果がもたらされています。もうひとつの釣りエサの研究は、まだ始まったばかり。まず現状の把握が必要です。
魚が食べるエサは、釣りエサにしても、養魚用飼料にしても、図-1のように魚に摂取され、消化・代謝され、糞や尿として排泄されます。ここで問題となるのが、①エサが完全に魚に食べられて残らないのか。②もし食べ残されたものはどうなるのか。③また魚に食べられたものはどの程度消化・吸収され、その後排泄されるか、ということです。
①については、魚が完全に食べるということはないと思いますが、残ったエサについても、底生生物などがかなりの部分を食べていることがマルキユーとの共同研究により明らかにされつつあります。 ②については、マルキユーと当大学海洋環境学科機能材料化学研究室との共同研究により、水中にいるバクテリア(微生物)によって分解されることが確認されています。 ③についてはどうなるのでしょう。魚に食べられたエサは、魚の胃や腸で消化分解・吸収され、残りは糞として排泄されます。例えばタンパク質はアミノ酸まで分解され、吸収されて魚の体内のアミノ酸プールに貯められます。吸収されたアミノ酸は、新たに体を作ったり、修復したりすることに使われ、体の構成成分として使われないアミノ酸の多くはエネルギーとして用いられ、代謝されてアンモニアとして排泄されます。環境負荷の原因となる窒素は、この排泄されるアンモニアがもっとも大きな要因です。また、ミネラルの一つであるリンも吸収されないものが排泄され、環境負荷の原因となります。
現在、「環境にやさしい釣りエサ」について私どもの研究室とマルキユーで共同研究をおこなっており、その一部をご紹介します。 マルキユーの「グレパワーV9」に所定量のオキアミを配合したものと、「バラケマッハ」を、それぞれペレット状に成型し、凍結乾燥した試験飼料を作製。また対照飼料として、魚粉、大豆油粕、コーングルテンミール、魚油等を配合した「環境にやさしい養殖用飼料」に近いものを作製しました。 「グレパワーV9」を対照飼料と共にマダイ稚魚に残餌がほとんど出ないよう給餌し、12週間飼育。「バラケマッハ」も同様の方法で、へら鮒稚魚を4週間飼育しました。稚魚の増重量を測定するとともに、環境負荷物質となるリンと窒素について蓄積率および環境への負荷量を測定しました。 稚魚の成長については、マダイおよびへら鮒でも、釣りエサと飼料とで統計的な有意差はありませんでした。 リンと窒素の蓄積率については、対照飼料と「グレパワーV9」のリンの蓄積率は共に41%、窒素の蓄積率が対照飼料24%、「グレパワーV9」28%。魚を1トン生産する際に負荷されるリンと窒素の量を計算したところ、リンは対照飼料12.7kg/ton、「グレパワーV9」8.2kg/tonで、窒素は対照飼料93kg/ton、「グレパワーV9」74kg/ton。対照飼料より「グレパワーV9」のほうが負荷量が低い結果でした。 「バラケマッハ」は、窒素の蓄積率は対照飼料との有意の差はなく6〜7%。リンの蓄積率は対照飼料16%、「バラケマッハ」52%。魚を1トン生産する際に負荷される量を計算したところ、リンは対照飼料644kg/ton、「バラケマッハ」61kg/tonで、窒素は対照飼料270kg/ton、「バラケマッハ」256kg/ton。対照飼料より「バラケマッハ」の方が負荷量が低い結果でした。(へら鮒は成長が低いために、環境負荷量がマダイに比べ相対的に高くなっています。)
上記のように、もし魚あるいは他の動物が釣りエサを完全に残らないように食べつくすことができれば、食べた動物の成長につながり、環境へのリンと窒素の負荷量も多くはないのではないかと思われます。 また、「環境にやさしい釣りエサ」についての研究とともに、釣り現場の環境の変化についても調査することが大変重要と考えられます。そこで、噴火の影響で約4年間釣りがおこなわれていなかった東京都三宅島の釣り場と、釣り人が頻繁に訪れる伊豆半島の釣り場の環境調査をマルキユーと共同でおこなっています。 これらの知見を集積して、さらなる「環境にやさしい釣りエサ」の研究をおこないたいと思います。